5年後の姿を1枚の姿に実現する未来フォトグラファー

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復活への軌跡

子供たちに母親の癌について、手術についてどう伝えたら良いのか?5歳男女双子のシングルマザーが病気になった時の家族告知事例と子供たちの心のケアの為にした7つのこと。

病気はなりたくてなるものではありません。計画してなるものでもありません。しかし、なってしまった場合は、生き抜く為に、命を託せる先生、病院を探し、治療法を決めて、必要に応じた手術や治療を行うことになります。病院決めは先ず最初に重要であり、決めて予約が取れたら、次に課題になるのが、家族への告知、そして子供たちの心のケアかと思います。

5歳の男女双子をシングルマザーで育てている母親が、癌になり手術しなきゃならない時に母親として子供たちにどう伝えたのか、逆に、他界している両親が癌の時に子供である自分にはどう伝えられ、子供としてどう感じたのか、そして、子供たちの心のケアの為にした7つのことをお伝えします。

『家族に伝えるか?家族にいつ、どこまで、どう伝えるのか? 』『子供たちへは何をしてあげておいたら良い?』などについて悩まれた時の参考になれば嬉しいです。

家族に病気を伝えるのか?

家族には伝えましょう!伝えて欲しい!

と私は思うので、5歳の男女双子にも病気であることは伝えました。

私の亡き父が癌の時、最初のオペが決まった時は話してくれました。再発した時は、暫くは話してくれていませんでした。子供である私自身(再発当時35才)が、父親の担当医さんと直接お話ししたのは、ほぼ最期のタイミングでした。父親には頼れる10歳年上のお兄さんがいたからかもしれないですし、団塊の世代の人で頑固でもあり、子供たちには迷惑かけたくないとか、心配させない為だったか、私が双子を妊娠していた時期だったからか、今となれば、真意はわかりませんが、もっと早くに話してくれたら良かったのに。と娘としては思いました。

また、亡き母も癌でした。母親の病気発見当時6歳。病名まで伝えられていたかの記憶はありません。いきなり母親が自宅に居なくなってしまったこと、凄い遠くに行ってしまった感覚、病院に通っていたのは記憶していますが、なんでお腹がおっきくなっていくんだろう?とかわからないことばかりだったとは思います。寂しかったのは確かです。病気のことや、オペについてなど詳しいことを知ることになったのは、両親が他界してから、親戚やご近所さんから教えていただいた35歳にもなった頃だったりします。

両親が癌になった子供だからこその経験の気持ちがあったからこそ、5歳の子供たちにとってのできる限りの配慮をすごくすごく考えました。

私は嘘をつかれたり、嘘をつくことが嫌いですし、苦手です。家族内での隠し事は、無い方が好きです。

ですから、私の選択は、5歳の子供たちに病気であることを隠さず話すということにしました。

いつ、どこまで話す?

どう話す?

入院前から、女性看護外来の看護師さんや入院担当の方々や看護師さんと時間を割いて頂き子供たちの手配や影響や対応などについて相談させて頂きました。

資料を頂いたり、本やネットで調べたりしながら、2人の様子をみながら、悩みつつ、結論を出していきました。

年齢によっては病名も伝えてよいのですが、5歳は、がんという言葉は覚えてしまいますが、癌を理解したり、誰かに説明するまで出来る年齢ではないですし、聞いたことや知っていることは口に出してしまうので、保育園で広まって簡易的に心配されたり、病人扱いされたり、可愛そうとか思われるのが嫌だなぁと思って、理解のある2人ではありますが、病名は伝えることはしませんでした。

『ママ中に悪さをするバイキンさんがいてね、やっつける為に病院にお泊りする必要がある』と5歳3ヶ月の二人には伝えました。

(入院当日ベッドにて、手術の為に刺した点滴の針の説明もちゃんとしました。みせました。)

いつ伝える?

早く伝えすぎると、不安だけを煽ってしまうし、直前だと理解が追いつかないかと、時期は2人の様子を見ながらではありましたが、入院の1週間前くらいから、ママはしばらく病院にお泊りすること、数日は会えないし、話すことも出来ないこと、2人でママのお友達のお家にお泊りに行ったり、叔母さんと一緒に生活する必要があることを話しました。

術前の体調不良な日々では、自宅にこもって双子と過ごしていたりすることが、オペの2ヶ月前くらいの時期に、頻繁にあったりしましたが、具合が悪いことは2人に隠すことはしていなかったです。 『ママお腹痛い痛いだから、寝かせてもらうね。ごめんね。ありがとうね。』と。二人を見ていたら、ポロポロ泣いてしまうこともありました。自分でも説明しきれない時期は、必死に隠れて涙したりしていましたが、覚悟を決めた後は、2人の前だからと強がりすぎす、涙を流し、抱きしめてもらったり、頭を撫でてもらったり、涙を拭いてもらったりしていました。

オペまで1ヶ月を切っていたタイミングで、東洋医学的な癌治療のお話を教えて頂くことがありました。東洋医学の奇跡を少し信じつつ、身体が楽になっていく温熱治療に双子と泊りがけで通うこともしました。『ママは身体の痛い痛いとバイバイする為に治療している』ということ、『みんなでまた沖縄旅や車での長旅をしたり、二人が大好きなディズニーランドやシーに行けるように、身体に悪さをしている病気さんをやっつける為に2人にも協力して貰えたら嬉しい。』そんなことを伝えていました。

ある意味助かった私が置かれた環境

私の両親は癌で既に他界しており、ツインズが10ヶ月の赤ちゃんの時から1人で育て始め、のちに離婚を成立させています。子育てをしながら働くにあたり、行政や民間のサービスに頼っていました。ですから、2歳くらいから泊り預けをしていたこと、双子であることが、今回の入院の時のお泊りなどに関しては、大変良かったと思えることでした。 もしも、誰にも預けたこともなく、初めてのお泊りだったら、子供たちの精神的に持たなかったのではないかと思います。今回の病気は、子育てについても改めて色々と考える機会になりました。

子供たちの心のケアのためにした7つのこと

  1. 病気であることを伝える

  2. 病院を見せてあげる(個室希望で叶えられる)

  3. 誰のせいでもないことを伝える

  4. この病気はうつらないことを伝える。

  5. ママとお揃いのユニフォームを購入して、離れていても一緒だと安心感を与える。

  6. とにかく楽しませて疲れて眠くなる環境を準備(依頼)

  7. 心配させる(管がある)時期は会わない。会えないと伝えておく。

自分の命や身体の臓器にかかわる究極の選択を迫られながらも、自分の命をかけて産んだ子供たちの入院中の行き先、子供たちの気持ちや心へ与える影響はかなりの重要課題です。私自身、身体も痛み、精神的にも辛い中でも、仕事のこと、ペットのこと、生活のことナド全てを限られた時間で、調べ、問い合わせ、決断し、手配していかなきゃいけない状況は大変でしかなかった。でもやるしかないし、やりきるしかないから、誰かがやってくれるわけじゃないから、やるしかない!と頑張り続けました。

子供たちを守り育てていくのに、自分しかいない片親の自分自身が命にかかわる病気になっていたことは衝撃でしかありませんでした。私だけでなく、世の中には、家族を頼りに出来る人がいない環境で生きている人も多々いらっしゃると思います。究極の状況で子育てをしている方もいらっしゃると思います。 例えご両親が揃っていても、どちらかが病気になったら、子供たちへの告知や家族や親族への告知、入院中の子供たちの心のケアは課題となる時期があると思います。 私の経験がそんな方々の、今から決めていくことや対応していくことの参考に少しでもなれば何よりです。

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5年後の姿を1枚の姿に実現する未来フォトグラファー丸山京子 丸山 京子

5年後の姿を1枚の姿に実現する未来フォトグラファー丸山京子 千葉県市川市出身。 7歳の頃から写真を撮影してきた。常に写るんですがバックに入っているようなカメラを常に持っている子供。 5年後の姿を描いていただき、未来の自分になりきってもらい、 その姿を1枚の写真におさめたプロフィール写真とヘッダーを作成。 ビジネスが次元上昇する力を イメージの力で援護している。 お客様の姿や想いに共感、感動した時に、心でシャッターを切っており 表情の切り取りに 根強いファンがいる。

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